第91回アカデミー賞では作品賞を始め10部門にノミネートされた『ROMA/ローマ』は動画配信サービスNetflixが手掛けた、繊細な映像美に溢れた作品です。
映画業界で賛否の声が上がっているNetflixの作品とあって、受賞となれば更に大手資本の反発が予想されます。映画界の常識、あり方が新たに問われるなかでこの作品の存在感が増しそうです。 ※外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門を受賞しました。
『ROMA/ローマ』作品情報
【原題】
『Roma』
【監督】
アルフォンソ・キュアロン
【出演】 クレオ – ヤリッツァ・アパリシオ ソフィア – マリーナ・デ・タビラ アントニオ – フェルナンド・グレディアガ フェルミン – ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ ペペ – マルコ・グラフ ソフィ – ダニエラ・デメサ トーニョ – ディエゴ・コルティナ・アウトレイ パコ – カルロス・ペラルタ アデラ – ナンシー・ガルシア テレサ – ヴェロニカ・ガルシア
メキシコとアメリカの合作で監督は『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン。彼は第86回アカデミー賞では監督賞を受賞しています。
本作でもゴールデングローブ賞をはじめ数多くの賞を受賞しており高い評価を得ています。
イタリアのローマではありません
タイトルのローマはイタリアの首都であるローマではなく、メキシコシティ近郊にあるコロニアローマという比較的に裕福な人たちが暮らす街です。
綴りもイタリアは「ROME」ですが、こちらは「ROMA」となっています。
『ROMA/ローマ』のネタバレと感想
この作品はキュアロン監督の自伝的な作品であり、さらに彼の幼少時の体験をもとに当時の家政婦だったリボへのメッセージフィルムであることが、エンディングに登場するテロップにより窺い知れます。
この映画の舞台は監督の美しい記憶となっている70年代のメキシコ。
そこで暮らす富裕層である雇い主の白人家族と住み込みの家政婦として働く先住民系のメキシコ人の交流を描いています。主人公は家政婦のクレオ。雇い主の家族は夫のアントニオとその妻ソフィア、ぺぺ、ソフィ、トーニョ、パコそして祖母のテレサ。同僚の家政婦であるアデラ、ボーイフレンドのフェルミン。
美しい映像とカメラワーク
本作はモノクロで撮られており、細部にわたり繊細で美しい映像に魅せられました。
当初撮影は『ゼロ・グラビティ』でも担当した凄腕の定評のあるエマニュエル・ルベツキに依頼しましたが、スケジュールの都合でキュアロン自ら撮影監督も兼ねたようです。ですが、できあがった作品はキュアロンの名声を更に高めるほどのクオリティに仕上がりました。
この作品はストーリーにドラマチックな要素がありませんし、有名な俳優が起用されてもいません。また誰にでもわかる明快なメッセージや主張が語られているわけでもありません。更に音楽も流れず、ないないづくしです。このようにはっきりいってかなり地味な内容ではありますが、それでも見入ってしまう魅力にあふれています。
映画はガレージに撒かれた水で始まり、やがてそこに飛行機に影が映りこみます。この作品の印象的なシーンとなっていますが、この場面を見ただけで丁寧に作られたことが観る側に伝わってきます。
またところどころクレオの動きを追うカメラの長回しも印象的でした。クレオが家の中の明かりを次々に消していくシーンや街中を歩いていくシーン、海で子どもたちを助けるシーンなど。
まだありますが、これらのことから撮影も担当したキュアロン監督の映像へのこだわりが感じられます。
様々な対比
わかりやすい例としては車の運転シーンです。夫のアントニオは家のガレージに幅ギリギリの車を何度もハンドルを切り返して入れますが、妻のソフィアは思い切って車を突っ込みます。夫婦の性格の違いをわかりやすく表したシーンです。
後の展開を暗示するシーンでもあるのですが、クレオが病院で生まれたばかりの赤ちゃんを見ているときに地震が起こります。赤ちゃんはケースに入れられているので落ちてきた瓦礫から運良く守られました。これはその後、クレオが生んだ赤ちゃんが助からなかったのとは対照的です。ちなみに病院の場面の直後は墓場の十字架のカットに切り替わります。
ラストで家族の旅行中にアントニオが本棚を持って行ったため、部屋の雰囲気がそれまでと変わってしまいます。これは家族が新しくスタートすることを暗示しているようです。
この作品の大きな主題のひとつが家族ならば、白人である雇い主は大勢の家族がいますが、先住民のクレオやアデラには血の繋がった人物は登場しません。
1シーンの中で表されている対比もあります。
クレオがボーイフレンドが武術の練習をしている場所を訪ねたときには、師範がやって見せた妙技を練習生や見物人がみなできない中、クレオだけが一人できてしまいます。
またあるとき一家の祖母であるテレサと家具屋にベビーベッドを見に行ったときは、暴動で人が撃たれてしまいます。
バカンスで親戚が集まるところへクレオも一緒に行きました。その家には飼っていた犬の剥製が壁にいくつもあり、クレオがそれらを眺めていると現在飼われている犬がやってきて彼女の手を舐めます。クレオのそばにやってきた犬も、いずれ壁に飾られてしまう運命であるという想像をイヤでも掻き立てられます。
更に家族が行った旅行先で子どもたちが両親の離婚話で落ち込んでいる背後で結婚式の写真撮影が行われたりするさりげない描写もあります。
圧倒的に少ないクレオの心の描写
この作品のクライマックスは海で溺れた子どもたちをクレオが泳げないにもかかわらずに助けるシーンだと思うのですが、それまで彼女の内面の動きはほとんど出てきません。
ソフィアにつらく当たられても、恋人のフェルミンに酷い仕打ちをされても、更に子どもが無事に生まれてこなかった時でさえクレオの感情は極力抑えられています。
なんとか子どもたちを波から救ったクレオは戻ってきたソフィアらと抱き合ったときに、「生まれて欲しくなかった」と自分の赤ん坊への心情を吐露します。ここでやっと彼女の感情が描写されました。ソフィはそのとき「あなたが大好き」と子どもたちと共に彼女を抱きしめます。
キュアロン監督がこの作品に最も籠めたかったであろうクレオとソフィら家族との愛情と絆がここで美しく描かれています。
この作品はキュアロン監督のきわめて主観的な物語であり、作中に出てくる山火事や暴動、家政婦の流産は実際の監督の記憶の中にある出来事なのでしょう。
監督の個人的な思い出を美しい映像で再現していますが、カメラの動きは見る者に客観的な印象を与えます。淡々とした演出に見えますが、細部にわたって想いが行き届いた映像なっています。
まとめ
本作を見た後の感想として、作中にでてくる銃や経済格差、暴動、民族など現代もまだ解決されていない諸問題がいろいろと描写されていますが批評はしていません。かえってそこに監督の態度と主張が読み取れるような気がします。
白人主義などなにかと問題ありのアカデミー賞ですが、本作が受賞となればリベラルな立場を標榜するハリウッドとしてはその主張も納得の結果となるでしょう。