ダニエル・クレイグが主演を務めるジェームズ・ボンドの最終作であり、007シリーズでは25作品目である『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』。
本来は2020年に公開予定でしたが、コロナ禍により数度の延期を経て晴れて2021年10月に日の目を見ることになりました。
ダニエル・クレイグ最後のボンド作品です。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』作品情報
【原題】
『No Time to Die』
【監督】
キャリー・ジョージ・フクナガ
【出演】
ジェームズ・ボンド:ダニエル・クレイグ
マドレーヌ・スワン:レア・セドゥ
リューツィファー・サフィン:ラミ・マレック
ノーミ:ラシャーナ・リンチ
イヴ・マネーペニー:ナオミ・ハリス
Q:ベン・ウィショー
M:レイフ・ファインズ
フィリックス・ライター:ジェフリー・ライト
パロマ:アナ・デ・アルマス
エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド:クリストフ・ヴァルツ
監督のキャリー・ジョージ・フクナガはアメリカ人として初めて007作品を手掛けました。フクナガという名前からわかるとおり日系人です。作中には日本に関するアイテムも登場させたりしています。
『ボヘミアン・ラプソディー』でフレディ役を演じアカデミー主演男優賞を獲ったラミ・マレックが今回の悪役です。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のネタバレと感想
まだ子どもだったマドレーヌは母と家にいたところを能面を付けた男が現れ母を殺害します。後年マドレーヌと平穏な日々を過ごしていたボンドでしたが、スペクターに襲われスワンの裏切りを疑い訣別。
5年後、研究者のオブルチェフがスペクターに誘拐され細菌兵器「ヘラクレス」を完成。DNAのデータに基づき狙った人間だけを殺せる特殊な細菌兵器です。謎の集団がオブルチェフを誘拐しました。
CIAのフィリックスからの依頼を断ったボンドは現在の007であるノーミと出会います。フィリックスの依頼を受けることにしたボンドはCIAの新人であるパロマと共にキューバで開かれているスペクターの集まりに潜り込みました。そこで本来ボンドを狙ったガスの成分が入れ替えられておりスペクターの関係者が倒れていきます。
サフィンはスペクターに恨みを持っており、その手先であるアッシュはオブルチェフを連れ去ります。サフィンはマドレーヌに会いに行き、スペクターの親玉であるブロフェルドをヘラクレスを使って殺すよう依頼。マドレーヌはブロフェルドとの面会時にボンドと久々の再会をしますが帰ってしまいます。
ボンドはノルウェーのマドレーヌの家に行き和解。その家には幼い女の子マチルドがいました。そこをサフィンの手下が襲ってきてマドレーヌとマチルドを浚っていきました。
サフィンの基地が日本とロシアの領土問題で揉めている島にあることがわかるとボンドはノーミと共に島に乗り込みます。そこはヘラクレスの製造工場となっていました……。
ジェームズ・ボンドをやっと卒業
ダニエル・クレイグのボンド作品は全部で5作ありますが、当初3作目の『スカイフォール』で終わりの予定でした。ですがシリーズ最大のヒットとなったため、次作『スペクター』が作られダニエル・クレイグのボンドシリーズは最終的に本作までの計5作品になりました。
5代目ジェームズ・ボンドを務めたピアース・ブロスナンから6代目を引き継いだダニエル・クレイグは当初、観客が抱く従来のボンド像に合わないと散々な批判を浴びることに。本人もボンド役を引き受けるのに消極的だったのですが、金髪碧眼はボンドではないとか背が低いなど、まだ1作目の『カジノ・ロワイヤル』が封切られる前から理不尽なバッシングにさらされてきました。
ダニエル・クレイグがまず戦う相手は作中の敵ではなく、先入観と偏見に凝り固まった世知辛い世間の声でした。『カジノ・ロワイヤル』のヒットにより批判は絶賛に変わったようですが、世の中のいい加減さをイヤというほど味わったのでは。
そりゃあボンド役に対してあまり良い感情は抱かないよなと思います。それともバッシングが激しかった分、それを覆したことで自信になったのでしょうか。そんなことから、本作を持ってジェームズ・ボンドを務め終わることができて心からホッとしているだろうと想像します。
クレイグ版ボンドシリーズは成長譚
従来のボンド作品は基本的に一話完結の物語でした。ですがクレイグ版ボンドでは『カジノ・ロワイヤル』から『ノー・タイム・トゥ・ダイ』まで繋がりを感じることができます。シリーズを通じてボンドの心の奥底には『カジノ・ロワイヤル』で失ったヴェスパー・リンドへの想いが通奏低音のごとく存在していました。
1作目の『カジノ・ロワイヤル』ではボンドは殺しのランセンスである00(ダブルオー)を与えられた設定です。そこからボンドは悩んだり、苦悶したり、上司であるMから叱責を受けたりと不完全な人物として描かれており、いままでの歴代ボンドのように何でもそつなくこなすようなスマートさはありません。
それでも回を重ねるごとにボンドは過去と対峙しながら成長していきました。シリーズを通じて見てきた観客はそのように苦しみながら成長してきた従来とは違うジェームズ・ボンドに思い入れを抱きます。
ダニエル・クレイグ以前のボンドは初代ショーン・コネリーから5代目ピアース・ブロスナンまで長い時間を掛けて構築し蓄積されたひとつのパターンがありました。もしクレイグ版ボンドがその延長線上にいることを良しとしていたら、現在のような高い評価は得られていたでしょうか。
失われた時を求めて
多くの人が指摘していますが、マドレーヌ・スワンという役名はマルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』からの拝借と思われます。プルーストの小説では紅茶に浸したマドレーヌの味から過去の記憶が蘇る。任務を遂行した結果とは言え、ボンドが今まで積み重ねてきた罪業を回顧させる象徴としてふさわしい名前です。
サフィンがマドレーヌを訪ねてくるシーンがあります。マドレーヌがサフィンから能面の入った箱を受け取る時に、『失われた時を求めて』を彷彿させるセリフがありました。
魅力的なパロマ
本作で強烈なインパクトを残したのが、アナ・デ・アルマス扮するCIAの新人エージェントであるパロマ。前半の短いシーンのみなのですが、彼女がスクリーンに登場する間は場を掻っさらっていく勢いです。
実際パロマの登場シーンはボンド作品には元々豊富とはいえないリアリティーが更に失われるものの、代わりに躍動感が前面に押し出されていました。軽薄感は否めないのですが、活き活きとしたノリを最優先させたこのシーンはまさに活劇の体をなしていました。
アナ・デ・アルマスはダニエル・クレイグとは「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」(2019年)でも共演しています。
007にもポリコレが
長い間受け継がれてきたボンドシリーズですが、現代の価値観に沿ってポリティカル・コレクトネスに配慮された設定も見られました。
ボンドがMI6を離れている間に007を名乗ったのが黒人女性のノーミでした。次のボンド役は必ずしも白人男性ではない可能性をほのめかしているように受け取れます。
またデータ分析や兵器開発でボンドをサポートするQは同性との交際を匂わせるシーンがありました。
尚、今までボンドガールと呼ばれてきた役は、本作ではジェームズ・ボンドと対等な存在であるという認識のもとにボンドウーマンと呼ばれています。
日本テイスト
監督のキャリー・ジョージ・フクナガが日系人だからか、または決戦の舞台が日本とロシアの間の島という設定だからか、作中には日本に関するテイストが見られました。
アヴァンタイトルでサフィンは能面を被って登場しますが、この演出により本作では終始無表情なキャラクターであるラミ・マレックの演技に、より一層冷徹な印象を持たせました。ガラス越しに現れた能面は日本以外の能に馴染みのない観客に不気味なインパクトを与えたと思います。
そういえばQは自宅で前掛けをしていました。
サフィンのアジトでも枯山水や畳、盆栽、サフィンの着ていた羽織などありましたが、壁がコンクリの打ちっぱなしで寒そうだったので、日本テイストといっても外国人の演出にありがちなコッテリ感はありません。
多少なんで?という感じもしないではないですが、厚かましさがなく能面の使い方は上手いと思いました。
007の称号の重さ
新たに007の称号を得ていたノーミは初めはボンドに対してほとんど過去の人扱いで上から目線。007の呼び名についても「永久欠番だと思っていた?だたの番号よ」とリスペクトを表わす様子もありませんでした。
ですが後にノーミはMI6に復帰したボンドに007を返します。ボンドを知るにつれ、本当はただの番号なんかではなく007という称号に蓄積された重みを彼が背負っていると感じたからではないでしょうか。
まとめ
ダニエル・クレイグ主演のジェームズ・ボンド作品は本作をもって終わりました。歴代のボンド達とは明らかに異なり成長していくクレイグ版ボンド。とくにそれまでのボンドは女を平然と捨て駒にしていきましたが、クレイグ版ボンドではヴェスパーを忘れられず、マドレーヌに心の安住を見出すなど人間味のある人物像となっています。ダニエル・クレイグ自身は鉄仮面みたいな顔なんですけど。
主人公の死をもって終わる作品は珍しくありませんが、この着地点も今までのジェームズ・ボンドとは一線を画しています。