第86回アカデミー賞においてマシュー・マコノヒーが主演男優賞をジャレット・レトが助演男優賞を獲得した2013年の作品です。更にメイク・ヘアスタイリング賞も受賞しており、作品賞、編集賞、脚本賞にノミネートされました。
本作も実話を元に作られており、マシュー・マコノヒーが演じたロン・ウッドルーフは実在の人物です。
『ダラス・バイヤーズクラブ』作品情報
【原題】
『Dallas Buyers Club』
【監督】
ジャン・マルク・ヴァレ
【出演】
ロン・ウッドルーフ:マシュー・マコノヒー
レイヨン:ジャレッド・レト
イヴ・サックス:ジェニファー・ガーナー
セヴァード医師:デニス・オヘア
ヴァス医師:グリフィン・ダン
この作品のためマシュー・マコノヒーは約18kg、ジャレッド・レトは約13kgの減量を行いました。二人ともヒョロヒョロです。
『ダラス・バイヤーズクラブ』のネタバレと感想
ロン・ウッドルーフは電気技師でロデオのカウボーイ。酒もドラッグもやり放題で不特定多数の女性と関係を持つなどすさんだ生活を送っています。ある日仕事で機械に挟まれた人を助けようとしますが、電気がショートして感電してしまいます。運び込まれた病院で検査の結果ロンはエイズに感染していることが判明し、医師のセヴァードとイヴから余命は30日と衝撃的な内容を宣言されます。
当時エイズは同性愛者のみが掛かる病気だと思われており、自分はホモではないと怒って自宅に帰ってしまいます。当初は以前のように荒れた生活を送っていたロンですが、図書館でエイズやその治療薬について調べます。
仲間にはエイズに罹患したことが知れ渡っており、冷たい仕打ちを受けます。AZTという新薬が開発されていることを知ったロンはイヴに相談しますが、まだ認可が下りていないと断られます。そこで病院のスタッフに賄賂を渡しこっそり手に入れますが、ある日管理が厳しくなりこれ以上渡せないとメキシコの医師を紹介されます。直後に倒れ担ぎ込まれた病室でトランスジェンダーのレイヨンと知り合いますが嫌悪感を隠しませんでした。
メキシコに渡ったロンはヴァス医師からコカインやAZTは免疫機能を衰えさせると言われ、アミノ酸や亜鉛などを処方されます。なんとAZTは治療に役立たないどころか身体には逆効果だったのでした。そこでロンはペプチドTという副作用の少ない薬を紹介されます。アメリカではまだ未承認なので密輸して儲けることを思いつきます。国境の検問でFDA(アメリカ食品医薬局)から尋問をうけますが、牧師のふりをしてなんとか切り抜けます。
結果が出ていないのに勝手にAZTの治験を打ち切られたレイヨンと組み、同性愛者にペプチドTを売り始めます。モーテルを借り「ダラス・バイヤーズクラブ」を立ち上げました。400ドルで会員になれば無料で薬を手に入れられるようなシステムを考案し、行列ができるほど大繁盛しました。ロンは薬を調達するため日本に行きます。帰国したロンは空港で体調が悪化、病院へ運ばれます。更にFDAが調達した薬を没収していきます。FDAにより認可を受けたAZTの投与が推奨され、ロンの会社は圧力を受けるようになります。会社の運転資金に困る事態になりますが、レイヨンがスーツを着て父親のもとを訪ね援助を受けます。ロンには生命保険を解約したと嘘をつきました。
ロンが薬の調達から帰国すると今となっては大事なパートナーとなっていたレイヨンが亡くなっていました。加工食品を避けるほど健康に気を使っていたロンとは違い、レイヨンはコカインを断ち切れていませんでした。そのころ以前からAZTに懐疑的だったイヴは病院を解雇されました。
ついにロンは政府とFDAを相手に訴訟を起こします。裁判には負けましたが会社に戻ると皆から拍手で迎えられます。裁判の後、FDAはロンの主張を認めペプチドTの個人使用を認めました。ロンの体調は再びロデオに参加できるほど回復しました。余命宣言を受けてから7年後の1992年、ロンは亡くなりました。
偏見の強いアメリカ南部の風潮
今でもアメリカ南部は保守的な考えの人が多い地域です。南部は共和党支持者が多いことからもそのことが窺えます。当然同性愛に関しては否定的であり、男は男らしさ、女は女らしさが求められます。主人公のロデオのカウボーイという設定も男らしさの象徴を表わしています。
映画の舞台は価値観の多様化が現在ほど進んでいない80年代。保守的な価値観を下品な言葉や暴力で強調する描写が至る所に見られます。ロンもHIV患者とわかったとたん家に落書きをされたり、仲間から酷い言葉を言われ、かつては偏見をもっていた側から一転して偏見を持たれる側になり、身をもって差別されるツラさを味わいます。
藁にもすがる思いの人間の行動
自分の価値観に合わない人間に対して偏見を持ち、四六時中アルコールとドラッグに接し、奔放は女性関係を持つなど刹那的な生活を送っていたロンですが、医師からいきなりHIV感染を告げられ余命30日という好き勝手に生きてきた代償にしてもあまりに惨い立場に置かれます。そこからのロンの成長譚ともいえるストーリーが展開されますが、切羽詰まった主人公の必死さがこの作品のキモとなっています。
その必死さとはなりふり構わない捨て鉢な行動ではなく、いままでの生活からは考えられないほど正しい判断を追い求めてロンはひたすら行動していきます。
主人公の生き方、価値観の変化
絶望的な状況に陥ったことでロンの価値観は大きく変化していきます。初めは嫌々ながらパートナーとしたレイヨンに少しずつ心を開いていきました。ある日スーパーで会った相変わらず偏見に凝り固まった昔の仲間に無理やりレイヨンと握手をさせます。レイヨンの持つジェンダーの価値観にいまだ共感は持つことはできませんが、敬意をもって接するようになっていました。
また未承認の治療薬を売るのも初めは良い金儲けになると踏んでの行動でしたが、資金繰りが苦しくなると車を売ってでも助けを求める患者のために何とかしようとします。利己的な動機から社会貢献へとロンの意識は変化していきます。
体に良くないとされる加工食品さえ摂らないなど変わっていったロンとは違い、最後までコカインを辞められなかったレイヨンは変わらなかったという意味で対照的です。
理不尽な新薬の認可
本来新薬の認可は患者を救う目的のはずが、人命優先ではなく利益優先の国や製薬会社の都合で決められていきます。そのことに違和感を持つイヴのような人物は利権や賄賂に群がる権力を持った者から排除されていくのは古今東西の社会に見られる不条理です。
患者に必用なのは効果のある治療薬であることをロンは純粋に訴え続けますが、FDAという巨大な存在が立ちはだかります。
人間の持つ善意
自分勝手な人間だったロンがやがて利益よりも患者を救うことに目覚めていったように、他の登場人物においても人間が持っている損得勘定を抜きにした善意を描いています。
レイヨンは頭の上がらない父親に自分のポリシーを捨ててまで男性の恰好をして、ロンの為に援助を乞います。イヴは効果に疑問のある新薬の認可に異を唱えるような行動をし、病院を追われる結果になりました。
モーテルを出て事務所を移す際には会員のカップルから無償で一軒家を提供されます。はじめロンは家賃の交渉をしようとしましたが、そのカップルは困ったロンを助けたい一心からでの行動でした。
まとめ
エイズや同性愛への偏見が強い時代にその逆風に立ち向かい30日の余命宣言から7年を生き抜いた一人の人間の物語です。
この年のアカデミー作品賞は『それでも夜は明ける』でしたが、主演男優賞と助演男優賞を本作が獲得したのは当然と思わせる熱演です。マシュー・マコノヒーとジャレッド・レトはアカデミー賞以外でも数多くの賞を獲得しました。